日刊ろっくす 前日のThAnk YoU rocks   top   back



ろっくす超大特選盤



Before the Next Teardrop Falls
Freddy Fender
1974


フレディ・フェンダーおじさん
1936年生まれ、
2006年10月14日6:29PM、天国ホテルにツアーに出発。
ドット盤LP裏ジャケ自筆ライナーより。

0-0-0-0-061018-07.jpg

”私の本名はバルドマール・G・フエルタ。南テキサスの谷の国境の町、サン・バニートで生まれました。私はメキシカン・アメリカン、というよりテックス・メックス。私は芸名として、フレディ・フェンダー、と名付けられました。50’sの末、その名は”グリンゴ”として売り出すのに大いに役立ちました。今私はその名前が大好きです。
 音楽は私の一部です。それはほんの子供の頃から。私は思い出すことが出来ます。パンチョ・ガルバンのグローシー・ストアの正面の街角に座っていたのを。私の3弦ギターを爪弾いている。誰も振り返ってくれませんでした。でも私としてはとってもその音が好きだったのです。群衆の中の小さな子供達が聴いていてくれたものです。音楽はいつだって私たちに沢山の幸せを与え続けてくれます。それは私のママが食卓にお豆料理を並べるのが難しいほど厳しい生活の時でさえ。
 私たちは北へ農夫として引っ越しました。私が10歳くらいの時です。私たちはビーツのためにミシガンで働きました。ピクルスのためにオハイオで、干草の束とトマト収穫のためにインディアナで。アーカンソウで木綿収穫の時、ついに成し遂げました。私たち全員は素敵なクリスマスを”谷”でおくるために必要なだけのお金を稼ぐことが出来ました。そこではどうにかしてお願いとママに言い続けたものです。僕にギターを買って。古ぼけてぼろぼろになったやつでいいから。
 16歳のとき、私はハイスクールを退学しました。そして海軍に3年間入隊しました。カルフォルニアにも行くことが出来、日本や沖縄にも。でも主に私が過ごしたのは2本マストの船の上。どうもその生活は私には合ってないと思われてしょうがなかったのです。私はいつもバラックでギターを弾いているのが好きでした。そして酒を飲んで。そんなこんなで時にここがどこだかわからなくなり、自分が誰だったかさえ。

 50年代の末、サン・バニートに帰郷しました。ビアホールで演奏します。チカーノがダンスする。私の歌手としてのキャリアが始まりました。私の初期の録音は全部スペイン語のレコードとして残っています。1958年にテキサスとメキシコでこいつは有名になりました。次にテックス・メックス・ロカビリーみたいなものに挑戦しました。録音をし、「ホリー・ワン」をカットし、そして私のビッグ・ヒット「ウエステッド・デイズ・アンド・ウエステッド・ナイツ」1959年のこと。そして1960年に、私は「クレージー、クレージー、ベイビイ」をカットしました。5月まではすべてが素敵に続いていきました。1960年の5月13日の金曜日までは。私はルイジアナのバトンルージュでクスリのために破滅してしまったのです。大したことではないと思いました。しかしもし友が尋ねたら、今なお言うでしょう。私が過ごしたアンゴラ州の刑務所での3年間は小さなドジにはあまりに長い時間だったと。
 刑務所での時は厳しいものでした。でも音楽がそれを慰めてくれました。私は私のベース奏者と私(いつもつるんでいたのです)がアンゴラを闊歩したのを思い出せます。服の代わりにギターとベースを持ち歩いて。その時毎週土曜日と日曜日、私たちは囚人達の為全員に溜まり場で演奏したものです。私はチカーノ・ソングのアルバムを携帯テープレコーダーで刑務所内で録音さえしました。1963年の7月、刑務所から故郷へ私は向かっていきました。長距離バスで。でもすぐさまルイジアナに逆戻り。ニュー・オリンズのバーボン・ストリートの”パパ・ジョー”で1968年まで歌っていました。そこでのことです。、ジョー・バリーやジョーイ・ロング、スキップ・エスタリング、そしてアーロン・ネビルたちツワモノたちと音楽を演奏したのは。
 1969年に”谷”に戻ってまいりました。チカーノ楽団と再び演奏するために。新しい何かを学ぶ為に。私はまるであまりに古くなって捨て去った使い馴染んだ手袋を再び取り戻したような気持ちになっていました。だもんで私は工員として働く傍ら、週末には音楽を演奏しました。時給1ドル60、夜には28セント稼ぎ、だから私は飢え死にしなかったのです。私はG.E.Dテストを受けました。私のハイ・スクール、ディプロマで。カレッジに2年間通いさえしました。1974年にはテキサスのコーパス・クリスティで生活してました。友達が私にヒューイ・モーの話をしてくれました。ヒューストンから来たレコーディング・プロデューサーです。彼はBJトーマスやジョー・バリー、そして我が良き友、ダグ・ザームの何曲かの大ヒットをプロデュースしてました。彼は私の曲を気に入ってくれ、私たちはレコーディングを始めました。それはそれらセッションのうちの一つでした。私の最初のカントリー・アンド・ポップ・ヒット”ビフォア・ザ・ネクスト・ティアドロップ・フォールス”、ヒューイのクレージー・ケイジャン・レーベルから出した。
ABCのドット・レコードがそのレコードを配給し、私と契約し、それがヒューストンのカントリー専門局で当たり始めたのです。私は得意満面だったはずはありません。20年の間、挑戦し、私はようやっと最初の全国ヒット・レコードを手にすることが出来たのです!


献辞:
ラリー・ボウナック、ドット・レコード社長さんありがとう
サン・ベロー、私のマネージャーそしてビルとワンダ・ハーベイ、そして私の友、トリーニそしてニート・ボキャネグラ、大いなる気持ちを込めてありがとう。

どうもありがとう。 

フレディ・フェンダー
(またの名をバルドマール・フエルタ)”


(山)2006.10.18


フェンダーおじさん動画


Freddy Fender 1937-2006
http://www.youtube.com/watch?v=Oqox8-q4soQ

Wasted Days and Wasted Nights
http://www.youtube.com/watch?v=uwpO0thyO54

Secret Love
http://www.youtube.com/watch?v=UHyJhcGBQAo

Texas Tornados & Freddy Fender - Who Were You Thinkin' Of
http://www.youtube.com/watch?v=J1dOY4LG1_E




涙のしずく
フレディ・フェンダー
1975/1


土曜の夜11時半から、昨日ですけど、
いつも「弾丸トラベラー」つTV番組を見てます。
ちょうど「中央競馬ダイジェスト」のあとの時間なもので。
いやー、飛行機に怖くて乗れない我が家では絶対見れない光景が見れる。

で、
昨日は、小倉優子こりん星人がメキシコへ旅しておりました。
写真を載せたいが一発でヤられますから似顔絵。こんな顔だな、たしか。
台無しだな。

こりん星人も、キャラで生きてるから、悩み多そうです。
26にもなってこんなんでいいのかって。
気の毒に。
今のつまらんTVとかでつまらん仕事をしてたらそりゃ辛かろう。
人様から見りゃ恵まれているように見えても。
どこかでウルトラマン・ハヤタ氏みたいにキャラ大転換悪役になってすっきりするのでしょうか?
誰かさんみたいに私生活でぶち壊さないようにね。

はともかく、
彼の地メヒコ。おっさん顔ドンタコスの天下。笑うた笑うた。
みんな人が良さそうなお顔で。家に帰れば怖いお母ちゃんに怒鳴られていてそうで。
番組でのガイドのおっさんもそう。いい味してたわ。
そんで、こりん星人、おっさんにすすめられるまま、テキラーを4杯かがぶ飲みしてやんの。
そんで次の日、二日酔いにならねえってんだから、恐るべし。
そんな光景を見てますとき、
頭の中であの唄が鳴ってました。
番組BGMは一切無視して。

涙のしずく
〜Before The Next Teardrop Falls
by
フレディ・フェンダー氏。




1975年1月に発売されて3月8日に全米TOP40に6週目に40位で初登場、
以後32-26-21-17-14-10-7-3-2-2-2-1-7-19位。5月31日に何と最高位1位になった大ヒットです。
ジャンルはテックス=メックス。
テキサスとメキシコの国境の音楽。
地続きなのにねえ、誰が決めたかその線。言葉も違えば文化も貧富も大違い。
しかし互いに人々が交差してしまうのは誰にも止められません。
交わった音楽が出来てしまうのも。
そして
それが素敵なら、極上なら、ナンバー1になれた時代でした。
その頃のアメリカはまだ。

こりん星人にも、今の日本の皆様にも全員に捧げます。
フェンダー氏、38歳にての初ヒット、デビュー20年目の。



Freddie Fender Before the next teardrop falls
http://www.youtube.com/watch?v=qfjYuqrDOTM




ぽろぽろ

もし彼が貴方に幸せをもたらしてくれるなら
その時はほんとに貴方がそうなってくれることを私は望みます
貴方の幸せこそ、一番大切なことだからです

でも彼が貴方のハートを悲しませるなら
もし涙をこぼすことになるならば

僕はそこにいるよ
次の涙がこぼれ落ちる前に

−−−(スペイン語)
して きえれ でぺるだ
(もし貴方がほんとうに望んでるなら)
いぺだ ふぇりしだ
(彼がきっと貴方に幸せをあたえてくれますよ)
でで せよ ろますぷえの ぱろどー
(私は貴方たちがいいカップルになるのをただただ望んでいます)

ふぇろしいあせーよら
(でも彼が貴方を泣かすなら)
網目 うぇぜーあら
(貴方が話すことを無視して泣かすなら)
きえすぱーれ こんてぃーぼくあんど
ぷりーでぃすぱ
(僕は君といるよ その間際の時に)−−−


僕はいつでもそこにいます
貴方のおそばに貴方が僕を必要としてるどんな時にも
貴方が泣いた一つ一つの涙の粒を全部ぬぐい去るために

そして彼が貴方をブルーにさせておくならば
ちょっと覚えておいてね、僕は貴方を愛しています
そう、
僕はそこにいます
次の涙がこぼれ落ちる前に

そう、
僕はそこにいます
次の涙がこぼれ落ちる前に



いい歌だよー。
わたし、15歳の時にこれ、聴いたんすけど。大好きでねえ。
いいんだよーって言っても誰にも通じませんでしたが。
無理ないですけど。
網目の唄と称して鼻歌歌ってました。
その”網目”の部分、スペイン語の箇所を34年後の今、何とか解釈を試みる。
おそらく合ってると思いますが、感動してますますます。

アメリカで男子歌謡で主流だった、めそめそ女々しい連呼はここには一切無し。
何と奥ゆかしく優しいことか。
おっさん天国メキシコ。
テキーラは口を焼き、タコスもひえー辛、そのほんとの生活はどうなのか、
想像も出来ませんが、

この歌は一生モノで残ってます。涙のしずくの中に。

(山)2009.11.15

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
00000-1.jpg

Before the Next Teardrop Falls

00000-3.jpg

Freddie Fender Before The Next Teardrop Falls live
http://www.youtube.com/watch?v=qa8sdCvMPtM


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



↑オランダ盤

酒に酔いしれ
フレディ・フェンダー
1975/6


♪にゃおにゃーきゅおきゅーわおーん♪

「お、今日はずいぶん穏やかに仲良くみんなで唄っとるじゃないか。」



「にゃああああああ」

「悪ぃかコノヤロー
だって。」



「きゅううううん」

「唄って悪ぃかってんだ
だって。」



「みょん」

「唄いたいんだよ
だって。」

「わんわん」

「腹も減ってんだよ
だって。」

「全然、穏やかじゃないな。」

「にゃ」

「もっと酒持って来いごらぁ
だって。」

「わ、誰だ。ケダモノとは言えガキに酒飲ましたのは?」

「きゅ」

「るせー。誰だっていいじゃんか
だって。」

「わんわん」

「ツマミはねえのか
だって。」

「ねえよそんなもん。」

「にゃ」

「じゃ酔っ払ってがなるのになんかいい曲ねえのか?
だって。」

「はい、それならおまかせくださいまし。



長らくお待たせいたしました。
毎度おなじみ酒は飲んでも飲まれるなってんだーレコ屋でござーい。
今日持ってまいりました流しのおっさんに思わずリクエストしたくなるも
そんな外国の歌なんか知りませんよと言われるであろうお宝はあああああ


↑ドイツ盤

WASTED DAYS AND WASTED NIGHTS
酒に酔いしれ
フレディ・フェンダー
Freddy Fender



↑ドイツ盤

雰囲気一発でつけた邦題。」



「ご説明しましょう。」

「この場合、酒はテキーラだな。」

「足の短さなら世界有数、
テックス・メックス界の王者フェンダーおじさんの二大ヒット曲のニです。

テックス・メックスとは

”テハノミュージック(Tejano music)とは、
テキサス州のメキシコ国境周辺で演奏されているルーツ・ミュージックである。
テックスメックス(テキサスとメキシコの合成語)、コンフント音楽とも呼ばれる。
19世紀の終わりごろに、テキサス州サン・アントニオ周辺のドイツ系移民が演奏していたポルカやワルツを、
メキシコ系住民が民族音楽ノルテーニョ、ランチェーラに取り入れて誕生したと言われる。
ノルテーニョはバホ・セストと呼ばれる12弦ギターとアコーディオン、ウッド・ベースなどで編成される楽団(コンフント)によって演奏される。
白人によって編成されるバンドはオルケスタ・テハーナ(テキサス風オーケストラ)と呼ばれ、
マリアッチの編成に似て管楽器やバイオリンが中心となっている。
現代では、これらの音楽をまとめてテックスメックスと呼んでいる。”」

「ウィキッペ丸写しだな。」

「本名Baldemar Garza Huertaさん、1937年6月4日テキサス州サン・ベニート生まれ、
適応能力に優れ、機転がきく人。新しいもの好きで知識欲も旺盛な人
相手に合わせるのが得意で、会話上手で、いっしょにいると楽しいタイプ。
二面性が強くなる人。軽率な言動が多く、気が変わりやすいこともあり、
自分自身が気づかないところで他人をがっかりさせたり、傷つけたりしていることもあるようですな双子座、
デビューは1950年代、20年以上の艱難辛苦の末、

"Before the Next Teardrop Falls
〜涙のしずく"


で急転直下大ヒット、一躍スタアになりましたそれまでのご苦労はご本人の弁でこちらでどうぞ。
して
1974年同デビュー・アルバム



”涙のしずく”

からの2回目カット1975年6月発売が


↑ベルギー盤

酒に酔いしれ
WASTED DAYS AND WASTED NIGHTS



↑スペイン盤


作はWayne Duncan, Freddy Fender and Huey Meaux師匠連チーム、
元はと言えば1959年9月発売



https://youtu.be/YoUYXWy0Q-w


テハーノに大胆にロカビリーを取り入れた斬新なスタイルのバラードでフェンダーおじさんの成功の足がかりになった曲。
B面は
イカしたロッキン・インスト

San Antonia Rock



https://youtu.be/c3ebnf-MJo4


そこでとっくの昔にスタアになれたものの若気の至り、マリファナ所持で逮捕されてキャリアはご破産。
16年の時を経て復活はプロデューサーの恩人ヒューイ・P・モーさんの勧めによって再録音したから。
ベーシック・トラックはアーカンソー州フォートスミスのベン・ジャックス・スタジオにて
エンジニア、ミッキー・ムーディ師の手によって。
参加ミュージシャンは

ピアノでBruce Ewen師
ギターでBill Hamm師
ベースでDavid Hungate師
ドラムはBob Ketchum師、

テンポアップしてブランニュー、
そしたら今回は

米国チャート
1975年6月21日83位初登場、
http://rocksblog.seesaa.net/article/451031117.html
以後
69-57-46-(7/19)38-32-28-24-20-16-13-11-10-9-(9/27)8
-11-20-(10/18)37-(10/25)51位。
最高位8位。19週。

見事に引き続き大ヒットいたしました。」



「16年物の凄い大吟醸に花束贈ります。」


↑米盤

http://rocksblog.seesaa.net/article/25676796.html
https://youtu.be/GS3COVhl9rk






Wasted days and wasted nights,
 昼そぞろ、夜そぞろ

I have left for you behind
 俺はお前をあとにして旅に出た


For you don't belong to me,
 お前の心は俺に無く

Your heart belongs to someone else.
 他の奴のもの


Why should I keep loving you,
 なんでお前を愛し続けなきゃならんのか

When I know that you're not true?
 お前が不実だと知った今でもか?


And why should I call your name,
 なんで俺はお前の名を呼ばなきゃいかんのか

When you're to blame
 お前のせいなのに

For making me blue?
 俺をブルーにしちまったのによ?



Don't you remember the day,
 お前はあの日のことを覚えてないとでも言うのか?

That you went away and left me?
 お前が俺の元を去ったあの日のことを



I was so lonely,
 俺は一人ぼっちになっちまった

Prayed for you only,
 お前のためだけに祈ったんだ

My love.
 お嬢さんよ



Why should I keep loving you,
 なんでお前を愛し続けなきゃならんのか

When I know that you're not true?
 お前が不実だと知った今でもか?


And why should I call your name,
 なんで俺はお前の名を呼ばなきゃいかんのか

When you're to blame
 お前のせいなのに

For making me blue?
 俺をブルーにしちまったのによ?




ギタア?




Don't you remember the day,
 お前はあの日のことを覚えてないとでも言うのか?

That you went away and left me?
 お前が俺の元を去ったあの日のことを



I was so lonely,
 俺は一人ぼっちになっちまった

Prayed for you only,
 お前のためだけに祈ったんだ

My love.
 お嬢さんよ



Why should I keep loving you,
 なんでお前を愛し続けなきゃならんのか

When I know that you're not true?
 お前が不実だと知った今でもか?



And why should I call your name,
 なんで俺はお前の名を呼ばなきゃいかんのか



When you're to blame
 お前のせいなのに



For making me blue?
 俺をブルーにしちまったのによ?





お姿
https://youtu.be/YDNswiIem4w


Karaoke
https://youtu.be/m7H8Ih1gq4g

「哀しき怨み節も捨てられた相手を嫌え無い呑気な風情の歌唱がたまんないね。」

「これと言って普通のロッカ・バラードなのに類を見ないこの味わい、
あいだあいだに入るギターのフレーズやら
何じゃこれはの間奏もたまんねえや。」

「B面は同アルバムから
これこそテックス・メックスな

I Love My Rancho Grande


↑米盤

https://youtu.be/VHBA1lIx4z0




Alla en el rancho grande
Alla donde vivia
Habia una rancherita
Que alegre me decia
Que alegre me decia

Te voy a hacer tus calzones
Como los usa el ranchero
Te los comienzo de lana
Te los acabo de cuero

Alla en el rancho grande
Alla donde vivia
Habia una rancherita
Que alegre me decia
Que alegre me decia

Nunca te fies de promesas
Ni mucho menos de amores
Que si te dan calabazas
Veras lo que son ardores

Alla en el rancho grande
Alla donde vivia
Habia una rancherita
Que alegre me decia
Que alegre me decia

Pon muy atento el oido
Cuando rechine la puerta
Hay muertos que no hacen ruido
Y son muy gordas sus penas

Alla en el rancho grande
Alla donde vivia
Habia una rancherita
Que alegre me decia
Que alegre me decia



「訳してねえじゃん。」

「訳せねえよ、全編スペイン語だよ。」

「ライ・クーダー師匠の”ショー・タイム”盤が大好きな好きモノにはもう失禁もんだね。」

「・・・・」

「まさかマジで漏らしたとか?」

「漏らしたのはヒデキカンゲキの吐息です。」

(山)2016.6.23
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
00000-1.jpg




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ろっくすフレディ父さんのページ

資料(英版)

.
−−−−−−−−−−−−−−−

僭越ながら
ウチのバンド、Lovers Holidayの曲です。
お聞きくだされば幸いです。

http://www.muzie.ne.jp/artist/a001909/

http://www.youtube.com/playlist?list=PL3A8FE17D2271FEAA

−−−−−−−−−−−−−−−−−



.