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ろっくす超大特選盤

炎のギタリスト
トミー・ボーリン
1975/10


トーマス・リチャード・ボーリン。
1951年8月1日アメリカ・アイオワ州スー・シティ生まれ。
父ちゃんはスカンジナビア人移民、母ちゃんはシリア人。
5歳の時にエルビス・プレスリーに夢中になりアメリカンおはよう子供ショーに出演。
最初に選んだ楽器はドラム。しかしドラム・セットは何しろ高かった為、鍵盤とギターに移行。
だが生涯、ドラムは彼の趣味となり、ねえ、ほんとにしたいことは出来ないもんです。

学校の音楽教育だけでは飽き足らず家庭教師をとるも教えて欲しい音楽を教えてくれず、
結局音楽仲間からそれを吸収することに。
SO
バンド三昧の日々の中、高校で長髪だった彼は髪を切るか学校を辞めるかの選択を迫られ、そりゃもうすぐ退学さ。
当たり前だ。
その時、父ちゃんと母ちゃんはそれに賛成したとゆう。何とゆう素晴らしき両親。
さらに武者修行のためデンバーに行きたいと申し出た時もそれを許し、その時、トミーさん15歳だったてんだから凄い。
巨人の星両親かいな。
知り合いの家に居候して、あまりにもギター練習し過ぎて、うるせーってんで6ヶ月で追い出され、なかば浮浪者状態に。
しかしそんなことで怯む彼では無し。自分自身で音楽仕事を取ってきて稼いだのだ。
そして68年17歳の時にゼファーとゆうバンドに加入、業界デビュー、2枚のアルバム出して脱退、
71年にエナジーを結成するも頓挫。
ジェイムス・ギャングを辞めたジョー・ウォルシュおじさんがバンドメンバーを自分のバンドに引き抜いたんだと。
だが縁は異なもの味なもの、稀代のギタリスト、ジョーさんと知り合いになったトミー君、仲良しになりました。
で、フリーになったんで1973年の5月にあの運命のアルバム、ビリー・コブハム氏の”スペクトラム”に参加する為にNYに出立。
後にジェフ・ベック仙人のワイアードを呼び起こすとんでもねープレイをする。
一方、その頃、ジェイムス・ギャングではその頭が頭髪模様が気に入らなかったか2代目ギタリスト、ドン・トロイアーノ氏が、
お前、トロいやーのとクビになり、ウォルシュおじさん、それを聞いて即座にトミー君を後釜に推薦す。
罪ほろぼしの気持ちもあったとか。バンドは願ったりかなったり、あのスペクトラムでのプレイのあとですから、形ばかりのオーディションで15分で加入決定いたしました。
2枚のアルバムをギャングで作ったのち、どーにもこーにもここでやるのは居心地悪いと感じたボーリンさん、脱退します。
1974年の8月の末のこと。そして自分のバンドを作るべくコロラドに帰還、しかし3週間で断念、LAに向かうことに。
そこにてあちこちでデモテープを作りまくり、あのビーチ・ボーイズのブラザー・スタジオでもやったそうな。
バンドメンバーだった、後にラットルズとなるリッキー・ファター氏ともプレイして、どうだい、歌を歌ったらと薦められたとか。
で、歌唱特訓。あのカール・ウィルソン氏もそれを手伝ったんだって。
才能の噂は黙っていても業界を走ります。アトランティックがソロ契約を持ちかけ、しかし話が合わずおじゃん。
結局、ネンポーラー・レコードと1975年4月に契約してレコーディングにようやく突入せします。
最初はマイク・フィニガン氏とゆう方がヴォーカル、旧知のエナジー時代の友人のスタンリー・シェルドン氏がベース、
これまた旧知のヤン・ハマー氏が鍵盤、ドラムスにレニー・ホワイト氏とゆう陣容でやろうとしたものの、
フィニガン氏、ホワイト氏の参加が没に。それでもうやたらめったら豪華なゲストが参加することに。
ジェフ・ポーカロ氏、デヴィッド・フォスター氏、フィル・コリンズおじさん、デヴィッド・サンボーン氏、
ノン・クレジットで”ドリーマー”でグレン・ヒューズ氏歌う。
いや才能は才能を呼ぶ。とんでも陣容。
そして為された音楽は、これがトミー・ボーリンのすべてだ。

炎のギタリスト
〜ティーザー
〜Teaser


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1975年10月発売。

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1. ザ・グラインド
2. ホームワード・ストラット
3. ドリーマー
4. サヴァンナ・ウーマン
5. ティーザー


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6. ピープル,ピープル
7. マーチング・パウダー
8. ワイルド・ドッグス
9. ロータス


ハードロック有り、ワイアードってるジャズロック有り、そしてそれだけに納まらぬものあり。
はちきれんばかりです。
まるでFA宣言した松坂が公開スパーリングしてるような状態に。
これは、もう、聴いちゃったら。有能なギタリストが欲しいバンドは黙っちゃいないわな。
曲は書けるし、ギターはめちゃウマ、それでいてちょっと足りないような気もさせて、一緒にやれば凄いことになるような思い引き出す。
いざとなれば唄ってもくれるし。その唄もめちゃ上手いって訳で無いから、納まりがいい。
ディープ・パープルに誘われるわけです。
実際は、スペクトラムの時のプレイをジョン・ロード親分がイアン・ペイス氏の家で聴いてぞっこん惚れ込んで誘ったらしいが。

私としては
例えればアメリカのチャーさんのような印象を抱いてます。
同じように何でも出来ちゃう凄い人だし。
で、一番、ぐがっとヤられたのは・・・・
ワイアードってるものより、名曲ティーザーより・・・・
ボサノヴァ・スティーリー・ダン”ドゥ・イット・アゲイン”してる”サヴァンナ・ウーマン”、
そしてレゲエの”ピープル・ピープル”。
この2曲は、曲としても絶品だよ。前者でのギター・プレイはジェフ・スカンク・バクスター氏も真っつぁお。

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もしかしたらそっちへ行ったら才能頂点が爆発するんではないかと思わされたパープル脱退後のアルバムを残して、
クスリで呆気なくあっちの世界へ旅立たれてしまった。

才能、人格、信念、すべてをコナゴナにするクスリの恐るべき快楽常習魔力、
何回も何回もロック・ファンは怨んでも怨みきれないほど持ってます。

最初にすすめたヤツ、出て来い。お前が一番悪い。
ロック界に巣食ったダニホイホイって、有ったら良かったのにとつくづく思うわ。

(山)2009.10.21

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ティーザー

Teaser

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Teaser By Tommy Bolin
http://www.youtube.com/watch?v=3z8qO5YP8yU


Tommy Bolin - Savannah Woman [Studio Version]
http://www.youtube.com/watch?v=AULIQ8n3q5I


PEOPLE PEOPLE BY TOMMY BOLIN
http://www.youtube.com/watch?v=YCsIdRiuYJ0


Tommy Bolin - Homeward Strut
http://www.youtube.com/watch?v=h-vPCZBmtYo


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↑当時ML誌レビュー

資料

英語資料


English Version

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