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ろっくす超大特選盤








Piano Rags by Scott Joplin
Joshua Rifkin
1970


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Scott Joplin: Piano Rags


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Maple Leaf Rag Played by Scott Joplin
http://jp.youtube.com/watch?v=pMAtL7n_-rc


Scott Joplin plays Magnetic Rag
http://jp.youtube.com/watch?v=fDwYA54DZqk

The_Sting(1973)
http://jp.youtube.com/watch?v=TQn8X3heV-0

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ラグタイム

ほぼ100年前に米大陸で流行した音楽です。
100年前ですから、パッとその時はどんなだったかまるで頭に浮かんできません。歴史の教科書の世界。
さすがのベストヒットUSAのタイムマシーンでやらんわな。
発生は19世紀後半で、米中西部のドサ回りの黒人ピアニストたちによって、マーチやポルカ、スコットランド民謡等々がぐちゃ混ぜになって
それに脈々と受け継がれたアフロの血によるファンキーなタメが加わって出来た音楽です。
楽譜として残ってる最初のものは1897年のものだとゆう。
日本は明治時代真っ只中。映画の映写機がエジソンによって発表されたのが1893年、円盤型レコードが発明されたのが1887年、
ブルースの発生もこの頃だと申します。
何か今に至るエンターメントの夜明けだ。

”ジ・エンターテイナー”、1973年映画スティングで一躍ブレークしましたのがラグタイムのその曲、
それを作曲したのがスコット・ジョップリン氏、世にラグタイム王と呼ばれる。

1868年11月24日生まれ。俺と誕生日が同じだ。何か嬉しい。92歳年上。テキサス州クリーカナとゆうところで出生しました。
両親は黒人奴隷農夫。家族中音楽が大好きだったそうです。幼きスコット君も当然音楽に惹かれ、親はこの子にはその才能が有ると思いこむ。
生活費削り、親戚中から金をかき集め、中古のピアノを買ってあげた。時は7歳。もう夢中になったスコット君は弾きに弾き倒し、独学でみるみるうちに上達、
その腕前に興味を持ったドイツ人の音楽教師が弟子にしてくれたと。
14歳になる頃には家を出て独立、音楽でメシを喰うこととなる。酒場で演奏行脚。成年後、セントルイス、シカゴと渡り歩き、
26歳(1894年)にミズリー州セダリアとゆうところでバンド結成、作曲を始めたとゆう。
翌年、出来得ることならクラシックの作曲家になりたいと、教会が黒人学生を援助しているジョージ・スミス大学に入学。
そこでそれまでどうにも楽譜化出来なかったラグタイムとゆう音楽を楽譜にする技術を身に付け、自分の才能も爆発したのだ。
どかん。
しかし世にその音楽が受け入られるには多難を極めた模様。大体が「ラグタイム」の「ラグ」って”極貧”とか”ボロ”とかそうゆう意味の語だもんな。
思いっきり蔑まれてます。セダリアの音楽出版社を説得、また説得してようやく出版したのが1899年
このレコードの1曲目、
メイプル・リーフ・ラグ」です。

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メイプル・リーフてのは、ラグ仲間と集っていたクラブの名前だそうで、まさに音楽ジャンルをかけた渾身の作。
聴けば一目瞭然、そのウキウキしたリズムとメロディ、あっとゆうまに全米にその楽譜行き渡りの大ヒット、ラグの時代が来たれり。

スコットさんも一躍大金持ちになり、大きな屋敷を買って、作曲に専念出来るようになったそうな。ピアニストとしての現役引退。

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問題はその後で、1902年に必殺のヒット”ジ・エンターテイナー”を生み出したものの、それからの曲はことごとくヒットせず。
オペラを作りたくて奮闘するもそれも失敗。私生活でも子供を病気で失ったり、音楽に興味が無かった奥さんとの仲が、金に困る中うまくいかなくなって離婚したり。

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再び、場末のピアニストに戻る。生活は荒れに荒れ。
素敵な女性と出会い再婚して再び奮起するも、やっぱり新曲は売れることが無かった。
その内に精神的にまいってしまい、明るかった性格も不機嫌になり、ピアノも弾けなくなり、病院に入れられ、
それでも正気に戻るたびに曲を作り続け、そんな中、1917年に死んでしまいました。
奇しくも、ラグタイムの流行が終わった1914年第一次大戦勃発の3年後。

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何で彼の成功後の作品が売れなかったのか?
聴いてみるとわかるような気がします。
最初の曲に有ったポップさが、後になるほど失われていくような。失われていくってより隠されていくような気が。
自分が表に出したラグタイムは、世間ではより明るく、スピーディな風に変わってそれで大流行になったとのこと。
当のスコットさんが見ていたのは別で、どんなに明るくしても哀しくってしょうがない、解決出来ない気持、そして
どんどん奥深く入ると複雑になってしまう音楽の運命。
何で進化しているのに売れなくなってしまうのだと忸怩たる思いがたぎっていたに違い有りません。
でも、流行歌と芸術は、別物なんだよな。
そして、ある時、それは終焉して、そのタメの気持は、ジャズとゆう生まれ変わりによって、その命は受け継がれていく。
そしてファンクになり、ロックになり。
今、百年後は・・・。

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しかして
艶やかと言うしか形容出来ない音楽です。チャップリン氏キートン氏の映画が、今見ても驚きと魅力の塊のように、形は違えど音楽の素晴らしさは同じ。

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エレキがロックでやったことを、ピアノって楽器で思いの丈やったってことか。ギターの分もベースの分もドラムの分もシンセの分も。

もう一度、生まれ変わったら常々”ジ・エンタテイナー”を弾けるピアノ弾きになりたいと思ってましたけど、
こうして本家をたっぷしまとめて聴いてもその思いは同じです。

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ジミ・ヘンドリクス氏のギターを浴びててクラクラしちゃう気持がここでも。

そして
この盤はスコットさんの曲がまとめてレコード化された(LPで)最初のものだと聞いてます。
時は1970年。ワーナーではバーバンクが、
ビートルズはゲット・バック・セッション、
ボブ・ディラン氏とザ・バンド、
しかるべき時に呼ばれたように。
演奏のジュシア・リフキン氏は1944年生まれ。

そしてそして
73年、映画スティング。そのおかげで翌年この盤はジャズ・チャートで最高位17位まで上がった。
スティングの舞台は1936年。
実はその時点で既にレトロだったってオチも付き、ツッコミどころ、感慨どころ満載のアルバムです。

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(山)2007.9.25


ラグタイム資料

スコット・ジョプリン氏資料

The English translation page : here.



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